Friday, March 28, 2008

草草草

朝の散歩 5時30分 

もう5時30分だと十分明るい。
たぶん日の出は5時50分ごろのはず。

散歩で田圃道を歩いていると、草木のパワーにびっくりする。
ものすごい勢いで成長する。

 にょきにょき
 
 びゅんびゅん

 にょろにょろ

音がしそうなくらい成長している。



 おてんとさんのパワーだ 
 
 不思議の惑星 地球のパワーだ




桜の花のつぼみもはちきれそうになってきた。

早いつぼみは ぽっこん と はじけたものを見つけた。

あと1週間後の土日が花見にはよさそう。



家まで帰って家の周りを見てみると

 いつの間にか草がいっぱい生えてきている。

 日当りのいい田圃よりは成長スピードはちょっと遅い

 今のうちなら草むしりも簡単

 これを1週間も放っておくとものすごく大きく育ってしまう。

 大きな労力が必要になる。



なんでも摘み取るのは小さな芽のうちに***

Thursday, March 27, 2008

ゴルフに行けるか?

5時25分散歩スタート

朝起きたら腰が痛かった。
 今度の土曜日はゴルフなのに
  
   よわったなー 

と思ったが
そんなにひどくもないので なんとかいけそうな気がする。

いつもの方法で腰の体操をしたら 
ちょっと ましになったような気がする。

せっかくおじさんに誘われたゴルフ 絶対行きたい。
歩くことによって痛みもましになってきた感じがする。

実を言うと ここ2年間ゴルフをしていない。

それで打ちっぱなしへ行って練習するといいのだれど
1週間前から家で素振りだけをしている。

素振りだけでもほぼ感じはわかる。

 なかなか感触がつかめない。
 今迄からそうなのだが しっくりこない。

しかし 

 今日の素振りでちょっとわかってきたような
 そんな気がするんですよ
 でも今まで何回こんな風に

  「よっしゃ 今度こそわかった。」

と思って打ちっぱなしに行って実際に打ってみたら

 全然アカン がっくり ということの繰り返しでした。

でも 懲りずに 今度こそと 今思っています。

明日は打ちっぱなしに行ってボールを打ってみたいと思います。

結果は明日報告します。

一期一会 御縁 불고기

단 한번의 기회  불고기

라는 말을 처음으로 배웠을 때의

자신나름의 이해는 불고기

 일생에 1회 밖에 만나지 않는 사람도 있는 할 것이고
   한 번 만나 안녕히 가세요를 하면 그래서 끝나

(이)라고 생각했습니다.

 지금의 생각은 불고기

  단 한번의 기회라고 하는 것은

   비록 가족(이어)여도 지금의 이 만남은 1회 밖에 없다.

   타인 뿐만이 아니다.

   지금이 중요.

   사람 뿐만이 아니다.

   지금의 경우는 어떤 것으로 해라 거기에 만날 수 있었다

   도움이 되는 이야기를 만날 수 있었다  

    어느 사람으로부터에서도

    텔레비전으로부터에서도

    라디오로부터에서도

   어딘가를 걸었을 때로 생각해 느끼는 일도

 전부 단 한번의 기회



과거부터 지금 연결되어 있는 1개의 길 위를

자신은 진행되고 있다.

무엇인가를 생각해 외출한다.

그렇게 외출하는 계기가 되었다

 무엇인가를 생각한 것은

그 전에 무엇인가가 있었기 때문에

이와 같이 거슬러 올라가면

자신이 이 세상으로 태어났는데 도착한다.

부모님의 만남에 도착한다.

할아버지 할머니에게 도착한다.

*****  

인류의 시작에 도착한다.

포유류의 시작에 도착한다.

지구의 시작에 도착한다.




계속 태고의 옛부터 연결되어

1 정도를 지나고 와 지금의 자신이 있다

옛날 나의 할아버지가 감기에 걸려 할머니를 만날 수 없었으면

지금의 나는 없다.

 이상한 연의 덩어리의 결과가 지금의 자신

 그러니까 지금을 소중히 등아칸




나는 절의 스님에서도 종교가든 뭐든 없습니다만.

Wednesday, March 26, 2008

一期一会  御縁

一期一会 

という言葉を初めて教わったときの

自分なりの理解は

 一生に一回しか会わない人もあるやろうし
   一度会って さようなら をしたらそれで終わり

と思っていました。

 今の思いは

  一期一会というのは

   たとえ家族であっても 今のこの触れ合いは1回しかない。

   他人だけでない。

   今が大事。

   人だけでない。

   今の境遇はどんなものにしろそれに会えた

   ためになる話に会えた 

    あった人からでも

    テレビからでも

    ラジオからでも

   どこかを歩いた時に思い感じることも

 全部 一期一会



過去から今につながっている1本の道の上を

自分は進んでいる。

何かを思って外出する。

そうやって外出するきっかけとなった

 何かを思ったのは

その前に何かがあったから

このように さかのぼっていくと

自分がこの世に生まれたところへ行きつく。

両親の出会いに行きつく。

じいさんばあさんに行きつく。

***** 

人類の始まりに行きつく。

哺乳類の始まりに行きつく。

地球の始まりに行きつく。




ずーっと 太古の昔からつながって

1本道を通ってきていまの自分がある

昔 わたしの じいさんが風邪をひいてばあさんに会えなかったら

今の私はいない。

 不思議の御縁のかたまりの結果が今の自分

 だから今を大切にせなアカン




私は寺の坊さんでも宗教家でもなんでもありませんが。

Monday, March 24, 2008

法話

昨日は 寺で法話を聴聞した。

法話の主たる目的は

 いかにして生きるか

 いかにして死というものに直面して生きるか

ということを伝えようとしておられるように思う。

人間の欲望は尽きるところがない

 どこまでもどこまでも欲望を追い求めてしまう。

 たとえば食べ物でも

  以前に比べて今はこんなにおいしいものを食べることができている

  しかしもっとおいしいものを食べたい。 

  隣の人がおいしいものを食べているのでそれを食べてみたい。

 旅行でも

  近場よりは遠いところ、国内よりは海外 *****

 欲望はとどまるところを知らない。

当たり前だと思っているのは実は  ものすごく幸せなこと

  たとえば 

 家族団らんで笑いの絶えない毎日の食事



死後の世界はあるのだろうか

 御釈迦さんも親鸞さんも

 死後の世界を想像して説法をしておられた。

 体験談ではない。

 誰も体験して帰ってこれない。

 だから死というものの話は神秘的になる。



     寺へ行って法話を聞くのは年寄りの仕事



ではない。  若いうちから法話を聞いて

  ”どうあるといいのか ? ”

という問いを投げかけながら生きていけたらいいなと思う。

キリスト教徒は老いも若きも教会へ行く。

仏教は年寄りが寺へ行く???

いろいろ考えさせてもらった法話であった。 
そういう御縁に会わさせてもらえました。 

Sunday, March 23, 2008

春本番

5時40分 散歩出発

もうすっかり明るい。

土手の状態がよくわかる。

いろんな草が競い合って葉っぱを伸ばし

我さきに太陽の恵みを浴びようとしている。

大昔から競争をしてきてその勝負に勝ったものだけが今残っている。

なんとか競争の少ない今のうちに花を咲かせ実を実らせて子孫を残そうとしている。 

人の世の中もおんなじ

今朝 特にに思ったのは菜の花系の草

この大風で歩けなかった2日の間に

そこらじゅうでびゅんびゅんと伸びてきた。

早いものはもう黄色い花を咲かせている。

ものすごい 自然の生物のパワーを感じる。

これからずーっと秋までこのパワーが続く。

この草草草の中に ちらほらちらほら 空き缶が

ポイ捨てされているのが気に食わない。

草たちは何も気にしてはいないかもしれないけど

私の美意識には気になる。

日の出は6時ごろ空は快晴なんやけど霞がかかっている。

しかし山から登ってきた太陽はものすごく眩しかった。

Friday, March 21, 2008

春の彼岸

昨日は春の彼岸やった。

墓参りをしようと思っていても強い風が朝から吹いていて

 午後になったら風も止むやろう 
 風が止んだら墓参りをしよう

と思っていたのだが、

3時になっても4時になっても一向に風は収まる気配を見せず
しょうがないので(嫌々ではアカンのやけど***!)
4時半になって大風の中を嫁はんと2人で墓参りに行った。

持ち物

 花 お供え 水 蠟燭(ローソク) 線香 数珠

花は家の周りに咲いている水仙を持って行った。
墓へ行くと亡くなった両親の友人が猫柳を飾っておいてくださった。
それに添えるように水仙を飾った。

お供えは家にあった蜜柑とゼリーを持って行った。
  (後で調べたら通常彼岸の時にはぼた餅を供えるらしいが)

強い風の中ろうそくに灯をともすことはできなかったが
線香には何とか灯をつけられた。

家に帰ってから彼岸勤行を勤めた。

彼岸に関する知識(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

 彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸    「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」という。

「彼岸会(ひがんえ)」は、雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のこと。また、この期間に行われる仏事のこと。暦の上では最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」なお、地方によっては最後の日を「はしりくち」という地方もある  



勘右衛門考 
 彼岸には太陽が真西に沈むので西方にある死後の極楽浄土へ
 いけるようお願いごとをするのが彼岸かな??? 
  (人間 死んだあとが気になる。) 

  そして極楽浄土へ行っているであろう先祖の供養をするのが 彼岸かな???  

 阿弥陀さんも御先祖さんも 私の していること 考えていること を全部お見通し
 こんなことを考え こんなことをしておりますが 
 笑ってやってください。
 という気持ち****。